前編:ネパールから東京へ

地元はもちろん、日本全国から客が集まる「エベレストダイニング浜田山」。彼らの目的は、ネパール、インド、チベットを始め、様々な地域のスタイルを絶妙にミックスしたユニークな料理はもちろん、ユニークなキャラクターの店主、ビクさん。その魅力を探るべくビクさんにお話を伺った。インタビューは前編・後編で公開予定。

 

“ネパールから東京へ”

 

写真:エベレストダイニング浜田山オーナー、ビクさん

 

— ビクさんが東京でお店を開く前のお話から伺います。渡日する前はネパールの5つ星ホテルで料理を学ばれていたということですが、どんな料理を学ばれていたのですか?

 

元々料理が好きで、子どもの頃から家で料理を作っていました。15歳頃に日本に行きたいという夢を持ち始め、準備を始めました。料理も勉強した方がいいなと思い、5つ星のホテルで研修を受ける機会を得ました。そのホテルには色々な料理の部署がありました。世界中の料理を扱っていたので、インドやネパール料理はもちろん、ヨーロッパ、中華、日本も含め様々な料理を勉強することが出来ました。

 

今のお店でもネパール料理に限らず、インドやチベット料理もあり、色々な料理のスタイルを組み合わせたメニューを出すのは、その時の経験がキッカケになっていると思います。

 

— 日本に行こうと思ったのは、ホテルで料理を勉強した後ですか?なぜ日本を選んだのですか?

 

同じアジア圏だったということが理由の一つです。自分が日本を知ったのは、電化製品や車です。非常に品質の良いものを生産し、経済発展をして、しかも平和な国というところに魅力を感じていました。初めて日本の方と接した時のことが印象に残っています。非常に優しく、礼儀正しい方でした。その方と接して、日本に行って勉強したいと思いました。私の周りには当時日本を留学先に選んでいるネパール人は少なかったです。それでも私は日本で挑戦してみようと思いました。日本の平和が一番の魅力でしたから。

 

— それはホテルでお仕事をしていた時期にそう思ったのですか?それとも、それ以前から考えていましたか?

 

そのホテルで勉強するもっと前からです。そのキッカケになったのは先程話した日本人です。その方と出会わなかったら、そう思わなかったかもしれません。その方に会った時から、日本に興味が湧いて、料理を勉強したのがその後でしたね。

 

— ホテルで学んだ後、日本の大学、大学院に留学されたのですか?

 

日本の大学に留学するにあたって、最初は日本語の勉強をしました。その後、大学そして大学院に行きました。当時は、経営者になる夢を持っていました。経営者になる為に「経営」を学ぼうと思いました。経営の中でも、ホテル・観光関係に興味がありました。色々と調べた結果、アジア大学に経営学部があることが分かり、そこでホテル・観光を専攻しました。

 

— 日本でホテル・観光の分野を学んでみて、ホテルや観光に対する考え方の違いなど感じましたか?

 

かなりの違いがあると思いました。特に「おもてなし」という考え方ですね。観光やホテルにおいて「接客」はとても大切だと思います。ネパールにも「接客」の精神はありますが、日本の「おもてなし」、そして観光・ホテル産業というのは世界でもレベルが高いと思いました。だから日本の学校でホテル・観光業を学ぶことは、非常によい経験になると思いました。

 

— ここまで日本で生活してみて、他に感じた事はありますか? 例えば、こうしたらもっと良くなるのになあ、と思うことはありますか?

 

いろいろな場面であると思いますが、うーん、最近になって思うのは人と人との付き合いで「気持ち」が、どこかちょっと薄れていると感じることがあります。これは私が個人的に思っているだけなので、ネパールの人が皆そう思っている訳ではありません。人と接する時、第一にお金に換算したり、比較したりするのではなくて、人の「気持ち」を大切にする付き合いも大事にしてほしいと感じています。

 

“東京でお店を開く”

 

写真:エベレストダイニング浜田山。ランチタイムが終わり片付けをするスタッフの皆さん

 

— 卒業後は最初からネパール料理店を開こうと思っていたのですか?

 

最初からネパール料理店を開こうとは思っていなかったです。できれば将来、ネパールでホテルの経営者になろうと思っていました。

 

学生時代に、周りの人に「ネパール料理食べられるところないか?」とよく聞かれることがありました。そこで、先生や友達を家に呼んで、ご飯を作って振舞うと喜んでくれて。「美味しいから、お店出して」と言われるようになりました。店を開いたのは2006年ですが、当時、地元にネパール料理店はほとんど無い時代でした。あったとしても新宿や渋谷などの大きな街で。「周りに無いなら自分が出そう」と、お店を出すことをその時決めました

 

— 最初のお店は野方(中野区)でしたね

 

野方を選んだのは、阿佐ヶ谷にずっと住んでいたので、自宅から近かったということもあります。それから、自分の資金でなんとか店を出せるという範囲で物件を探していたところ、条件に合った物件が野方に見つかりました。野方には学生が多く住んでいて、場所もよかったのかもしれないですが、その店の売り上げがどんどん伸びたので、野方店を経営しながら、その後すぐ新橋に店を開きました。

 

— その当時、従業員は何人くらいでしたか?

 

自分と従業員1人、2人だけでスタートしました。その後は新橋を開店するにあたり、従業員数を増やしました。野方店を開いた頃は、従業員は休みがありましたが、私は休み無く365日ずっと働きっぱなしでした。それを周りのみんなが見ていてくれて、多分認めてくれたんだと思います。その後1年半後くらいでしょうか、新しいお店を開いてみたらどうかという話がお客様から出てくるようになって。挑戦してみようと思い、新橋にもお店を開きました。

 

 

— 新橋のお店はいかがでしたか?

 

新橋はご存知の通り、オフィス街ということもあって、ランチにニーズがあります。ただそれは良い事ばかりではありません。場所が良ければ問題ないのでは、と思うかもしれませんが、ランチは行列ができる程、お客様は来ます。でも夜や土日祝日はあまり来ない。結果的にあまり儲けがなかった。昼と夜のバランスが良くなかったと思います。

 

— その後は現在の場所、浜田山に移ったのですか?

 

この時に考えたのは、野方と新橋、のように店の場所が離れてしまうと管理が大変だということでした。このままでは続けるのが難しいと思うようになりました。そこでできるだけそれぞれの店が近い場所に出そうということになり、考えたのは西永福でした。

 

西永福を選んだのは、日本で最初に住んだのが杉並区でしたので、最初から杉並に店を出したいと思っていました。ですが、杉並は野方よりも比較的物件が高く、資金の問題などもあり、杉並に店を出すことができませんでした。夢を叶えたのは2008年頃です。西永福に店を開くことが出来て、杉並に店を出したいという希望が叶いました。

 

— 西永福ですぐに物件は見つかりましたか?

 

なかなか難しかったですね。2年、3年かけてやっと見つけたような感じでした。
西永福店は自分の強い希望が叶ったことや、野方や新橋で経験を積んで来たこともあり、うまくいったと思っています。新橋は昼間のニーズはあるけれど、夜や休日は無い。西永福は、昼夜どちらもニーズがあり、昼と夜のバランスが取れている状態で店を回すことができました。

 

— 西永福店の後、現在の浜田山にお店を開いたのですね。

 

西永福に店を開いた後、自宅を引っ越したのですが、自宅から西永福への距離が遠くなってしまいました。遠くなってしまったことで、店に行く頻度が減ってしまったのです。お店には従業員がいましたが、店長の私がお店に行かなくなり、どんどん店の売り上げが落ちてしまいました。このままだと店が守れない、どうしようかと考え、自宅から近いところでもう1店舗開いて、とにかく私が店に出られるようにしました。元々、浜田山にはインド料理の店があったのですが、そこが閉店してしまったのです。インド料理の店が一軒も無いことを知り、西永福の店からも近いし、自宅からも近く、浜田山、西永福の2店舗の管理もし易いということで、浜田山に店を開きました。

 

写真:店の奥では、ネパールやインドをはじめ、様々な食材やスパイスも販売している

 

— 現在の物件はすぐに見つかりましたか?

 

すぐには見つかりませんでした。元々、西永福店もありますから、新しい店舗へのライバル心もでてくるのではと思い、もう一店舗開くことを躊躇しました。でも、新しい店舗を開くという気持ちは、西永福店を開いてから1、2年経った頃からありました。先程話した浜田山に元々あったインド料理店が閉店してしまったこともあり、物件を探してみたら見つかったのです。でもその物件は2階だったので悩みましたが、浜田山では他に物件を見つけるのが難しい。それなら、挑戦してみようということで店を出すことにしました。

 

— 今後、お店を増やすことは考えていますか?

 

現在は西永福店をやめて、浜田山の1店舗に絞りました。条件が合えば新しいお店も考えるかもしれませんが、今のところ、お店を増やす計画はないですね。

 

— 浜田山店に絞ったのは?

 

お客様からよく言われたのが、浜田山にいると思って浜田山店に行ったら、いなくて西永福店にいた。逆に、西永福店にいると思って西永福店に行ったら、浜田山に(笑)。「なかなか会えない」というお客様の声を何回も聞いていたので申し訳ないなあと思いました。そういったこともあり、お店を一つに絞って、そこで力を注いでいます。

 

— お店を1つに絞った事で良くなった事はありますか?

 

2つの店を管理、経営していた頃は忙しくて、家族と過ごしたり自分の趣味の時間をとることが出来ませんでした。今はお店を1つに絞ったことで、家族や趣味の時間が持てるようになりました。あとは、料理の味や接客や清掃など、お店の管理により集中できるようになりました。

 

 

“居酒屋のようにゆっくりできる空間”

 

— 料理の話を聞かせて下さい。エベレストダイニング浜田山の料理を一言で表現すると?

 

ネパールで食べているものが必ずエベレストダイニングにあるという訳ではなくて、エベレストダイニングにあるものは必ずネパールにあるという訳でもないです。エベレストダイニング浜田山でしか食べられないようなユニークなメニューが多いです。

 

お店を始めた頃からインド・ネパール・チベットの料理を提供しています。ネパール料理の中にインド料理と一品二品くらいチベットの料理がメニューに入っています。開店当初に比べると、メニューは少しずつ変わってきています。

 

写真:タンドールオーブン(土釜)。タンドリーチキンをはじめ、ナンやチャパティなどのパン類を焼く

 

写真:炭を使用し、釜で丁寧に焼かれるタンドリー海老

 

写真:焼きたてのアツアツ!タンドリー海老

 

— ビクさんおすすめの料理を教えて下さい。

 

お客様の希望に沿って、料理をおすすめしています。例えば辛いものが好きな方には、「マトンチリ」というカレーをお勧めしています。反対にどうしても辛いのが苦手という方には「バターチキン」というカレーをお勧めしています。「カレー屋」というと、皆さんカレーだけ食べられるお店というイメージが強いと思います。そういったイメージを変えたいと思っていますので、エベレスト浜田山は、もちろんカレーも食べられるけど、おつまみを食べたり、お酒を飲んだり、居酒屋のようにゆっくりできる空間ということを何よりもアピールしたいです。おつまみ、飲み物にも力を入れているカレー屋なんです

 

写真:ビクさんオススメのマトンチリカレー。ジューシーなお肉と野菜がたっぷり。

 

写真:マンゴープリンとバニラアイスのハーフ アンド ハーフ・デザート。

 

写真:飲み物メニューも充実。インドワインも楽しめる。

 

— 飲みものも充実していますね。

 

飲み放題から、コース料理までいろいろご用意しています。世界各国のビールやウィスキーなど色々な飲み物をどんどん増やしています。メニューに載せることができてなくて。裏メニューという形で置いている飲み物やおつまみもあったりしますよ。

 

— 裏メニューが気になります。気になる方は一言ビクさんに聞いてみるといいかもしれないですね

 

言って頂ければ、大満足できるようなものをお出しますよ(笑)

 

Interviewed by Mayumi Sakai
Photo by Jin Yamaguchi


後編: 東京は夢を叶える街:

  • 全国で1つしかないファンが集まる部屋
  • ネパール地震、そしてこれから

に続く (12月公開予定)

 

武田 座奈久 (通称:ビクさん)

エベレストダイニング浜田山店 オーナー/店長

ネパールの五つ星のホテルで料理の修行後、日本へ。日本語一級合格、日本の大学・大学院を卒業後、都内でネパール料理店を経営。現在はエベレストダイニング浜田山店のオーナー/店長。ネパールのエベレスト山脈の最高峰、エベレストの様に世界中の人々を魅了するネパール料理店を目指す。

 

 

店舗情報

 

エベレストダイニング浜田山

東京都杉並区浜田山2-19-7小林ビル2F

電話:03-3306-5525

営業時間:

ランチ: 11:30~15:30
ディナー: 17:00~23:00

定休日:火曜日

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